見逃してはいけない病気【第1回】
肺血栓塞栓症(肺塞栓症)
息苦しさがなくても、命にかかわる病気が隠れていることがあります。日々の診療では、ありふれた症状の陰に重い病気が隠れていることがあります。第1回で取り上げる「肺血栓塞栓症(はいけっせんそくせんしょう)」も、そのひとつです。
この病気は、早く診断して適切な治療を始めることがとても大切です。
ところが、典型的な症状がそろうとは限らず、医師でも診断に迷うことがあります。今回は、病気の基本的なことに加えて、医学論文で報告された症例をもとに、診断の「落とし穴」についてお伝えします。
1.肺血栓塞栓症とは
肺血栓塞栓症は、血液のかたまり(血栓)が肺の血管に詰まる病気です。
多くの場合、足や骨盤の深い静脈にできた血栓が血流に乗って肺まで運ばれ、肺動脈をふさぐことで起こります。長時間座りっぱなしでいたことがきっかけになることもあり、「エコノミークラス症候群」という名前でご存じの方も多いでしょう。ただし、飛行機に乗った方だけに起こる病気ではありません。
2.どのような方に起こりやすいのか
日本でも決して珍しい病気ではなく、国内の疫学調査では患者数が増えていることが報告されています。
次のような方は、特に注意が必要です。長時間、体を動かせない状態が続いた方、最近、大きな手術を受けた方、がんの治療中の方、妊娠中・出産後の方、以前に肺血栓塞栓症や深部静脈血栓症になったことのある方、血栓ができやすい体質や病気をお持ちの方、年齢が高いことも危険因子のひとつです。
一方で、はっきりした危険因子が見当たらない方に起こることもあります。
3.命にかかわる病気なのか
重症度は患者さんによってさまざまです。血栓が比較的小さく、血圧や呼吸が落ち着いている方もいれば、大きな血栓で肺の血流が妨げられ、心臓に急激な負担がかかる方もいます。
重症になると、血圧の低下やショック、意識消失、心停止に至ることもあります。
もっとも、すべての方が重症化するわけではありません。早期に診断して適切な治療を受ければ、回復が期待できる病気でもあります。
4.どのような治療を行うのか
治療の基本は、血液を固まりにくくする薬(抗凝固薬)です。
血栓が大きくなったり、新しい血栓ができたりするのを防ぎ、体が血栓を少しずつ処理するのを助けます。
重症の場合は、血栓を溶かす薬を使ったり、カテーテルで血栓を取り除いたりすることもあります。どの治療を選ぶかは、重症度や出血のリスクなどを考えて決めていきます。
5.典型的な症状
次のような症状がみられることがあります。
① 突然の息苦しさ(呼吸困難)
代表的な症状です。急に息が苦しくなる、普段は問題なくこなせていた歩行や階段で強い息切れを感じる、といった形で現れます。
② 胸の痛み
深く息を吸ったときや咳をしたときに痛むことがあります。肺の血流が悪くなり、肺を包む膜(胸膜)が刺激されるためです。
③ 動悸、脈の速まり
心臓に負担がかかり、脈が速くなることがあります。呼吸が速くなったり、冷や汗が出たりすることもあります。
④ 失神、意識障害
重症の場合は、心臓から十分な血液を送り出せなくなり、突然意識を失うことがあります。
このように、特徴的な症状はあります。ただし、ここで気をつけたいことがあります。実際の患者さんが、教科書どおりの典型的な症状を示すとは限らないのです。
6.診断を難しくする「ピットフォール」
医学では、診断を誤らせる落とし穴のことを「ピットフォール」と呼びます。肺血栓塞栓症にも、日常の診療で気をつけたいピットフォールがいくつもあります。ここからは、実際に論文で報告された症例をご紹介します。
ピットフォール① 息苦しさがなく、腹痛から始まることがある
2016年に報告された53歳の男性は、右の背中から右上腹部にかけての痛みと発熱を訴えて受診されました。胸の痛みや息苦しさはなく、血液中の酸素の状態を示すSpO₂も96%と良好でした。血液検査にも異常があったため、当初はお腹の病気が疑われました。
ところが、詳しく調べると右肺の血管に血栓が見つかり、肺血栓塞栓症と診断されました。この症例から、肺の病気でも、お腹の痛みが主な症状になることがあるとわかります。
ピットフォール② 胆嚢炎や肺炎と間違われることがある
2019年に報告された49歳の男性は、右上腹部の痛みが続き、はじめは胆嚢炎と診断されました。抗菌薬で熱は下がりましたが、腹痛は残りました。その後、胸部の画像に異常が見つかって肺炎が疑われましたが、最終的な診断は肺血栓塞栓症でした。
この症例は、最初についた診断が正しいとは限らないことを教えてくれます。治療を受けても症状がよくならないときは、診断を見直すことが大切です。
ピットフォール③ 脈が速くならないことがある
肺血栓塞栓症では心臓に負担がかかるため、脈が速くなることが多いとされています。
ところが、2014年に報告された42歳の男性は、強い腹痛と血圧低下がありながら、脈拍は1分間に68回でした。ショック状態では通常、脈が速くなるため、この経過は診断をいっそう難しくします。最終的に重症の肺血栓塞栓症と診断されましたが、残念ながら救命できませんでした。
脈が速くないからといって、肺血栓塞栓症を除外することはできません。
ピットフォール④ 突然の失神のあと、元気そうに見えることがある
1998年の論文では、失神をきっかけに肺血栓塞栓症と診断された3人の患者さんが報告されています。
そのうちの1人は、ジョギング中に突然意識を失いましたが、救急外来に着いたときには症状が消えていました。別の1人も、短時間の意識消失のあと、救急隊が到着した時点では意識がはっきりしていて、特に症状を訴えていませんでした。失神の原因はさまざまですが、肺血栓塞栓症もそのひとつです。
意識が戻って症状がなくなったからといって、重大な病気が否定されたことにはなりません。
ピットフォール⑤ 重症でも、肺の病気らしい症状が目立たないことがある
2026年には、79歳の女性の症例が報告されました。この方は、突然の腹痛と吐き気、嘔吐で救急外来を受診されました。胸の痛みはありませんでした。
お腹の病気を調べるためにCT検査を行ったところ、たまたま肺の血管に異常が見つかりました。さらに詳しく調べた結果、両側の肺動脈に広い範囲の血栓があり、重症の肺血栓塞栓症と診断されました。血圧の低下と低酸素血症もみられ、専門の施設で血栓を取り除く治療が行われました。
この症例は、患者さんがいちばん強く訴える症状と、命を脅かしている病気の場所が、一致するとは限らないことを示しています。
7.診療所で大切にしていること
私たちのような無床の診療所では、すべての病気を院内で確定診断し、治療できるわけではありません。それでも、症状や経過を丁寧にうかがい、重大な病気が隠れていないかを考えることは、診療所の大切な役割だと考えています。
肺血栓塞栓症の診断では、症状だけでなく、病歴や危険因子、診察での所見を合わせて総合的に判断します。必要に応じて血液検査を行い、造影CTなどの詳しい検査が必要と判断した場合は、速やかに適切な医療機関へご紹介します。もちろん、初診の段階ですべての病気を確実に診断できるわけではありません。
それでも、目の前の症状をひとつの病気だけで説明しようとせず、重大な病気が隠れていないかを考え続けること。そして、「典型的な症状ではないから大丈夫」「検査で明らかな異常がないから大丈夫」と安易に判断しないこと。これが、日々の診療で私たちが心がけている姿勢です。
8.患者さんへのお願い
突然の強い息苦しさ、胸の痛み、失神などが起きたときは、すぐに救急受診が必要です。症状が強いときや意識を失ったときは、ためらわずに119番に連絡してください。また、症状が軽くても、いつもと違う息切れが続くときや、片足だけが急に腫れたときは、早めに医療機関にご相談ください。
今回ご紹介した非典型的な症状は、ほかの病気でもよくみられます。腹痛や失神があるからといって、必ず肺血栓塞栓症というわけではありません。大切なのは、症状の背景にどんな病気が隠れている可能性があるのかを、適切に見きわめることです。
重大な病気は、必ずしも重大そうな症状から始まるとは限りません。 私たちはこのことを忘れずに、日々の診療に取り組んでいきます。
参考文献
日本循環器学会・日本肺高血圧・肺循環学会合同.2025年改訂版 肺血栓塞栓症・深部静脈血栓症および肺高血圧症に関するガイドライン.
Rehman H, John E, Parikh P. Pulmonary Embolism Presenting as Abdominal Pain: An Atypical Presentation of a Common Diagnosis. Case Rep Emerg Med. 2016;2016:7832895.
Han Y, Gong Y. Pulmonary embolism with abdominal pain as the chief complaint: A case report and literature review. Medicine. 2019;98:e17791.
Majidi A, et al. Atypical Presentation of Massive Pulmonary Embolism, a Case Report. Emergency. 2014;2:46–47.
Wolfe TR, Allen TL. Syncope as an Emergency Department Presentation of Pulmonary Embolism. J Emerg Med. 1998.
Marhaba R, et al. Massive Bilateral Pulmonary Embolism Presenting as Isolated Abdominal Pain: An Atypical Presentation and Incidental Detection in Dual Immune-Mediated Disease. Cureus. 2026;18:e105063.

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